大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和59年(行コ)68号 判決 1986年2月04日

控訴人(被告) 東京都公安委員会

被控訴人(原告) 一戸初

主文

原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

被控訴人の運転免許取消処分の取消を求める請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

〔申立〕

(一)  控訴人

主位的に「原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。本件訴えのうち運転免許取消処分の取消を求める請求に係る部分を却下する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を、予備的に主文同旨の判決を求める。

(二)  被控訴人

控訴棄却の判決を求める。

〔主張〕

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示中「第二 当事者の主張」の項に記載のとおりである。

(一)  控訴人

(1)  被控訴人は、原判決後の昭和五九年一二月一〇日、控訴人が行つた運転免許試験に合格し、同日新たに本訴請求の対象である運転免許と同一種類の普通自動車免許を取得した。また、被控訴人は、右のように新たに免許を取得した日の前一年間無事故無違反であり、仮に将来道路交通法に違反して行政処分を受けることになつても本件運転免許取消処分(以下「原処分」という。)を前歴として評価されることはなく(道路交通法九〇条一項、同法施行令三三条の二第二項)、将来にわたつて原処分を理由に道路交通法の適用上不利益を受けることはない。したがつて、被控訴人には原処分の取消によつて回復すべき法律上の利益がなく、本訴は不適法である。

(2)  被控訴人は、第二種免許取得のための受験資格の点で原処分の取消を求める利益を有する旨主張するが、第二種免許の運転免許試験を受けるためには受験者が「二一歳以上の者で、大型免許、普通免許又は大型特殊免許を現に受けている者に該当し、かつ、当該いずれかの免許を受けていた期間が通算して三年以上のもの」(道路交通法九六条四項一号)という要件を充たすことが必要であるところ、被控訴人は、昭和四〇年五月二七日に普通自動車免許を取得し、昭和五三年九月二日に右免許を失効させるまでの間免許を受けていたのであり、そして前記のとおり昭和五九年一二月一〇日新たに普通自動車免許を取得しているのであるから、被控訴人は既に普通自動車第二種免許の受験資格を有しているものである。

(3)  被控訴人は、原処分が取り消されれば初心運転者の標識をつける義務がなくなる点で、原処分の取消を求める利益がある旨主張するが、道路交通法七一条の二は、同法七一条一項五号の三に対応して、右標識を表示した自動車を運転する者を他の運転者等に初心運転者であると知らしめ、これらの者の注意を喚起することにより事故の防止を図ることを目的として規定されたものであり、初心運転者の標識を表示することにより被控訴人が道路交通法上初心運転者として保護されることはあつても不利益な取扱いを受けることとはならないのであるから、右表示をする義務があるからといつて原処分の取消を求める利益があるとはいえない。なお、被控訴人が道路交通法七一条の二の規定に違反すれば罰金又は科料が科せられることがあり、また、違反行為に付する基礎点数として一点が付されることとなるが、これは、原処分によつて当然かつ直接的に招来されるものではなく、被控訴人が自ら道路交通法に違反し、初心運転者の標識を表示しないことによる不利益である。

(4)  被控訴人は、原処分が取り消されれば無免許運転が遡つて無免許運転ではなくなるから、原処分の取消を求める利益がある旨主張する。しかし、原処分後の被控訴人の無免許運転は、被控訴人が公定力ある原処分を無視し、あえて無免許で自動車を運転したという事実に由来するものであつて、原処分によつて当然かつ直接的に招来されたものではなく、原処分を取り消したからといつて、それによつて右無免許運転のために被控訴人の被つた不利益が回復されるべきものではないから、被控訴人の主張は失当である。

(二)  被控訴人

(1)  被控訴人が控訴人主張のとおり昭和四〇年五月二七日に普通自動車免許を取得し、これを昭和五三年九月二日に失効させたこと及び昭和五九年一二月一〇日に新たに普通自動車免許を取得したことは認める。

(2)  しかし、第二種免許を取得するための運転免許試験を受験するためには、受験しようとする当該免許を受けていた期間が通算して三年以上あることを要するところ(道路交通法九六条四項)、被控訴人は昭和五七年五月一九日に第一種免許を受け、同年一二月一〇日原処分により右免許を取り消されたもので、現在の免許を取得してから三年経過していないのみならず、仮に免許取消前の運転免許歴が受験資格取得のための三年の期間に算入されるとしても、免許取消前の運転免許歴は六か月余にすぎないから、やはり三年の期間は経過していない。これに対し、原処分が取り消されるならば、それは遡及して効力を生じ、免許取得後三年を経過したことになるので、被控訴人は第二種免許の受験資格を有することになる。したがつて、前記のように新たに運転免許を取得したことによつて原処分の取消を求める利益が失われるものではない。

(3)  また、普通自動車免許を受けた者で当該免許を受けていた期間が通算して一年に達しない者は初心運転者の標識(いわゆる初心者マーク)をつけるべき義務がある(道路交通法七一条の二)ところ、被控訴人が新たに受けた免許を基準にすれば被控訴人は昭和六〇年一二月九日まで右標識をつける義務を負うことになるが、原処分が取り消されれば遡つて当初の免許の効力が回復するので被控訴人は右義務を負わないこととなる。この点でも、被控訴人が新たに免許を取得したことによつて原処分の取消を求める利益が失われるものではない。

(4)  更に、被控訴人は、原処分の原因とされた酒酔い運転等について起訴されたのち、昭和五七年一二月一〇日に無免許運転をしたとして追起訴され、東京地方裁判所で昭和五八年二月二八日懲役三月の判決を受け、右判決は確定したものであるところ、右無免許運転は、本件で問題となつている昭和五七年一一月一〇日の酒気帯び運転を酒酔い運転であるとする判断の下に原処分により被控訴人の運転免許が取り消された結果、無免許運転とされたものであつて、本訴訟によつて原処分が取り消され、その効力が遡つて生ずれば右無免許運転は無免許運転でなくなるから、この点においても被控訴人は原処分の取消を求める利益を有する。

〔証拠〕<省略>

理由

一  まず、本訴中原処分の取消を求める請求に係る部分の適否について判断を加える。

被控訴人が昭和五七年五月一九日控訴人から普通自動車免許(運転免許証番号三〇八二〇九五七五〇一〇号、以下「本件免許」という。)を受けたこと、控訴人が同年一二月一〇日被控訴人に対し本件免許を取り消す旨の処分(原処分)及び同日から一年間を運転免許を受けることができない期間として指定する旨の処分をしたこと、被控訴人がその後昭和五九年一二月一〇日に控訴人の行つた運転免許試験に合格して新たに普通自動車免許を取得したこと、以上は当事者間に争いがない。そこで、右の新たな免許取得にもかかわらずなお被控訴人が原処分の取消を求める法律上の利益を有するかどうかを検討すると、昭和六〇年法律第八七号による改正前の道路交通法七一条の二(右法改正後の同法七一条の五)によれば、普通自動車免許を受けた者で、当該普通自動車免許を受けていた期間(当該免許の効力が停止されていた期間を除く)。が通算して一年に達しないもの(政令で定める者を除く。)は初心運転者の標識を表示する義務を負うものとされており、かつ、右規定に基づく政令によつて右表示義務を免除される者は、当該普通自動車免許を受けた日の前六月以内に普通自動車を運転することができる第一種運転免許又は第二種運転免許を受けていたことがある者で、当該第一種運転免許若しくは第二種運転免許を受けていた期間又は当該期間と当該普通自動車免許を受けていた期間が通算して一年以上のもの等とされている(同法施行令二六条の四)から、被控訴人は、昭和五九年一二月一〇日から免許の効力を停止されている期間を除き一年間右標識をつける義務を負うものというべきである(なお、同法一二一条一項九号の三により、右義務の違反に対しては罰金又は科料が科されるものとされている。)。控訴人は、右標識の表示は初心運転者を保護することを目的とするものであり、右表示をすることによつて被控訴人が不利益な取扱いを受けることとはならない旨主張するが、右表示をする法的義務を負うこと自体が不利益であるから、被控訴人は原処分の取消を求める利益を有するものというべきである。

したがつて、控訴人の本案前の抗弁は、その余の点について論ずるまでもなく、理由がない。

二  そこで、進んで本案について判断する。

(一)  被控訴人が、酒気を帯び、昭和五七年一一月一〇日午前一時ごろ東京都江東区猿江二丁目一三番先から同区大島一丁目一番先に至る道路において、普通乗用自動車(足立三三た三四三二号、以下「被控訴人車」という。)を運転したこと(以下これを「本件運転」という。)、控訴人は、被控訴人がアルコールの影響により正常な運転ができないおそれのある状態で右運転を行つたもの(以下、右の状態での運転を「酒酔い運転」という。)であるとして、法定の手続により、道路交通法六五条一項、一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項一号イ、同令別表第二の第四欄に基づき原処分を決定し、同日被控訴人に対しその旨を通知したこと、以上は当事者間に争いがない。

(二)  被控訴人は本件運転が酒酔い運転であつたことを争うので、以下この点を検討する。

(1)  被控訴人が本件運転の前日である昭和五七年一一月九日の午後一〇時ごろから一一時三〇分ごろまでの間錦糸町駅付近の飲み屋で友人らと一緒に日本酒を飲んだことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証、原本の存在・成立に争いのない乙第五号証、第七ないし第九号証によれば、被控訴人は当時胃腸が悪く平生は飲酒を控えており、酒量は日本酒で一合位であつたこと、右飲み屋で被控訴人ら四人は全部で日本酒五本(約五合)、レモンハイ九杯、ビール一本を飲んだが、友人三人は主としてビールとレモンハイを飲み、被控訴人は右日本酒のうち少なくとも二合位を飲んだこと、右飲み屋を出てから被控訴人は酔いがまわつて気分が悪くなつたので、近くに駐車してあつた被控訴人車の中に入つて一時間余り休憩したのち右自動車の運転を開始し、本件運転に及んだことが認められる。乙第五号証のうち右認定に反する部分は、右認定に供したその余の証拠に照らし措信することができない。

(2)  被控訴人が、本件運転時において、錦糸町駅方面から東京都江東区猿江二丁目一三番先交差点(以下「猿江交差点」という。)にさしかかつた際、時速二〇ないし三〇キロメートルの速度で赤色の対面信号を無視して同交差点を同区北砂方向へ左折し、走行したこと、更に被控訴人は被控訴人車を数回蛇行させて進行し、同区大島一丁目二番先交差点(以下「大島交差点」という。)において赤色の対面信号を無視して同交差点を十間川沿いに右折進行し、同区大島一丁目一番一号所在のジユネシオン小名木マンシヨン(以下「本件マンシヨン」という。)駐車場に停車したことは、当事者間に争いがない。

前出甲第四号証、原本の存在・成立に争いのない乙第一、第二号証、原審証人橋本俔宏、当審証人金山俊弘の各証言によれば、右運転の際、被控訴人は、猿江交差点においては折から対面信号に従い同交差点手前の直進通行帯で停止していた警視庁の交通取締用のマイクロバス等の右後方から右折通行帯を反対車線にはみ出しながら通過して左折したことが認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

ところで、前記蛇行運転をした原因について被控訴人の供述するところをみると、本件運転当日の警察官の取調べに対しては蛇行運転そのものを否定したこともあつたが(前出乙第五号証)、その後本件運転における道路交通法違反等に対して行われた刑事公判においては、猿江交差点でカーブを切つた時に座席に置いてあつた寿司の包みが前に落ちたためにハンドルが動いた旨弁解し(前出甲第四号証)、原審における被控訴本人尋問に際しても、右側の助手席に置いた寿司が床に落ち、それをゆつくり走りながら片手ハンドルで拾つている間にハンドルがずれたのである旨弁解している。しかしながら、被控訴人の供述する右の挙動自体、極めて安全を欠くものであつて合理性に乏しく、容易にこれを認定し難いような性質のものであるうえ、前出乙第一、二号証及び前記証人橋本俔宏、同金山俊弘の各証言によれば、猿江交差点と大島交差点とは四〇〇メートル位離れているところ、被控訴人は大島交差点の直前でも蛇行運転をしており、右事実は猿江交差点のカーブで寿司が落ちたとする被控訴人の供述と符号しないこと、右両交差点間では被控訴人は時速五〇キロメートル位の速度で進行していたことが認められるから、蛇行運転の原因に関する被控訴人の前記弁解は到底信用することができない。

(3)  前記のようにして本件マンシヨンの駐車場に停車した際、被控訴人に酒臭があり、その目が充血していたこと、被控訴人車から下りて来た被控訴人は、追尾して来た警察官金山俊弘の質問に対し「俺は何もやつていないよ、俺は何もやつていないよ」などと答えたこと、警察官らは被控訴人を本件マンシヨン入口前の路上に停車中の前記マイクロバスの方向へ歩かせて同人の歩行能力を見分し、同人は約一〇メートルの距離を歩いたが、被控訴人の呼気検査を行うため警察官が被控訴人の腕に手をかけて更に歩かせようとすると、被控訴人は、「逮捕するなら令状を持つて来い。」などと言つて反抗的な態度に出たこと、前記マイクロバス内で北川式検知方法により被控訴人の呼気検査を実施したところ、アルコール量が呼気一リツトルにつき〇・三五ミリグラムと判定されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第六号証、前出乙第一、二号証、前記証人橋本俔宏の証言によれば、右警察官の質問を受けた際被控訴人は体を左右にふらつかせていたことが認められる(なお、右甲第六号証及び橋本俔宏の証言中にはマイクロバスまで歩く間被控訴人は千鳥足であつた旨の供述があるが、右甲第六号証によれば警察官らはマイクロバスまで被控訴人の腕を取るなどして連行したことが認められる(この認定に反する右橋本俔宏の証言は右甲第六号証に照らし措信することができない。)ことからすると、被控訴人の歩行能力の状態が橋本ら警察官によつて客観的に把握され得たかどうかについてやや疑問なしとせず、他に当時の被控訴人の歩行能力の状態が右のようなものであつたことを認めるに足りる証拠はない。)。

(4)  右(1)ないし(3)を総合すると、被控訴人の本件運転は酒酔い運転であつたと認めるのが相当である。前出甲第六号証によれば、警察官らは被控訴人を前記マイクロバスまで連れて行く間その腕を取るなどして逃走を警戒したことが認められ、また、前出甲第六号証、原本の存在・成立に争いのない乙第三号証及び前記橋本俔宏の証言によれば警察官らは被控訴人に対し特に一〇秒間の直立を指示し、あるいはおおむね一〇メートルを真直ぐに歩行するよう求めるという方法(鑑識カード上指定されている方法)によることなく、その直立能力、歩行能力を判定し、鑑識カードに「約三秒でふらつきはじめた。」「異常歩行(左右にゆれる)」と記載したもので、右判定方法は妥当なものであつたとはいえないが、これら事実も、本件運転を酒酔い運転であつたと認定することを妨げるに足りるものではなく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  したがつて、原処分に被控訴人主張のような違法はないものというべきである。

三  よつて、原処分の取消を求める被控訴人の本訴請求は理由がなく、これを認容した原判決は不相当であるから、原判決中右請求に係る部分を取り消して右請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九六条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木重信 加茂紀久男 梶村太市)

原審判決の主文、事実及び理由

主文

一 被告が原告に対して昭和五七年一二月一〇日付けでした運転免許取消処分を取り消す。

二 被告が原告に対して右同日付けでした運転免許を受けることができない期間の指定処分に係る原告の訴えを却下する。

三 訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 主文一同旨

2 被告が原告に対して昭和五七年一二月一〇日付けでした原告が運転免許を受けることができない期間を同日から一年間と指定した処分を取り消す。

3 主文三同旨

二 請求の趣旨に対する答弁

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 運転免許の取得

原告は、昭和五七年五月一九日、被告から運転免許(第一種普通自動車免許、運転免許証番号三〇八二〇九五七五〇一〇号、以下「本件免許」という。)を受けた。

2 本件免許の取消し等

被告は、昭和五七年一二月一〇日、原告に対し、本件免許を取り消す旨及び同日から一年間を運転免許を受けることができない期間として指定する旨の各処分(以下「本件各処分」という。)をした。本件各処分の理由は、原告が昭和五七年一一月一〇日酒酔い運転をしたというものである。

3 結語

しかし、本件各処分には事実誤認の違法があるから、その取消しを求める。

二 請求原因に対する認否

1 請求原因1、2の各事実は認める。

三 抗弁

1 本件各処分の根拠

原告は、酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で、昭和五七年一一月一〇日午前一時ころ東京都江東区猿江二丁目一三番先から同区大島一丁目一番先に至る道路において、普通乗用自動車(足立三三た三四三二号、以下「原告車」という。)を運転(以下、右日時、場所における原告車の運転を「本件運転」という。)した。

そこで、被告は、法定の手続により、道路交通法(以下「道交法」と略す。)六五条一項、一一七条の二第一号に違反するとして、同年一二月一〇日、同法一〇三条二項二号、六項、同法施行令三八条一項一号イ、二項、同令別表第二の第四欄に基づき本件各処分を決定し、同日原告に右処分を通知した。

2 酒酔い運転の具体的事実

(一) 原告の飲酒量

原告は、昭和五七年一一月九日午後一〇時ころから一一時三〇分ころまでの間、友人らと一緒に錦糸町駅付近の飲み屋で日本酒を約五合飲んだ。原告は、当時胃腸が悪く普段飲酒を控えていたため、右飲酒によつて、相当酒に酔つた状態になつた。

(二) 原告車の走行状態

(1) 原告は、翌一〇日午前一時ころ、帰宅するため原告車を運転し、通称四ツ目通りを通つて錦糸町駅方面から東京都江東区猿江二丁目一三番先交差点(以下「猿江交差点」という。)にさしかかつた際、折から対面信号に従い同交差点手前の直進通行帯で停車していた警視庁の交通取締り用のマイクロバスの右後方から時速約二〇ないし三〇キロメートルの速度で右折通行帯を反対車線側へはみ出しながら通過し、赤色の対面信号を無視して同交差点を同区北砂方向へ左折し、蛇行しながら走行した。

(2) さらに、原告は、原告車を左右に大きく蛇行させて進行し、同区大島一丁目二番先交差点(以下「大島交差点」という。)において、赤色の対面信号を無視して同交差点を十間川沿いに右折進行し、同区大島一丁目一番一号所在のジユネシオン小名木マンシヨン(以下「本件マンシヨン」という。)駐車場に停車した。

(三) 原告の酒酔い状態

(1) 右停車時の原告には強い酒臭があり、目は充血していた。

(2) 右原告車から降車した原告は、身体を左右に大きく振りながら、警察官金山俊弘の質問に対し、「俺は何もやつていないよ、俺は何もやつていないよ。」等と訳のわからないことを答え、降車すると同時にふらつき、その場に真つ直ぐ立つことができない状態であつた。

(3) さらに、警察官が原告を本件マンシヨン入口前の路上に停車中のマイクロバス方向へ歩かせて同人の歩行能力を見分したところ、原告は約一〇メートルの距離を左右にゆれながら歩行し、そこで歩行をやめた。原告の呼気検査を行うため、警察官が原告の腕に手をかけてさらに歩かせようとすると、原告は、「逮捕するなら令状を持つて来い。」等と言つて反抗的な態度に出た。

(四) 呼気検査

前記マイクロバス内で北川式検知方法により原告の呼気検査を実施したところ、アルコール量が呼気一リツトルにつき〇・三五ミリグラムと判定された。右検査結果は原告にもその場で確認させた。

(五) 鑑識カードの作成

金山巡査部長及び橋本巡査部長は連名で、右呼気検査の直後、前記マイクロバス内で原告と対面しながら次のとおり鑑識カード(以下「本件鑑識カード」という。)を作成した。

すなわち、右鑑識カードの<1>化学判定欄には、検知管の濃度目盛に従つて〇・三五と記入し、<2>質問、応答状況欄には、原告に所定の質問を行いながらその応答を記載し、<3>見分状況欄中の言語状況の項には、マイクロバス内での応答を記載し、歩行能力、直立能力の各項には、逮捕前の車外における見分に基づいた記載をし、酒臭、顔色、目の状態の各項には、マイクロバス内での同人の状態の見分を記載し、<4>外観による判定欄は、右<2>及び<3>の結果から酒酔い状態と認定した旨の項(2項)を○印で囲んだ。

四 抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であつたことを否認し、その余は認める。原告の運転は酒気帯び運転であつて、いわゆる酒酔い運転ではない。

2 同2(一)の事実のうち、原告が飲酒した時刻は認めるが、その飲酒量及び原告が相当酒に酔つた状態にあつたことは否認する。

3 同2(二)(1)の事実のうち、猿江交差点手前の直進通行帯で停車していたマイクロバスの後方から原告車が同交差点に進入する際反対車線側へはみ出したこと及び同交差点を左折後、蛇行しながら走行したことは否認し、その余の事実は認める。

同2(二)(2)の事実のうち、原告車の蛇行の程度(大きかつたこと)は否認し、その余の事実は認める。

4 同2(三)(1)の事実のうち、原告の酒臭の程度(強かつたこと)は否認し、その余の事実は認める。

同2(三)(2)の事実のうち、原告が身体を左右に大きく振り、訳のわからないことを答えたこと(「俺は何もやつていないよ。」と答えた点は除く。)、降車すると同時にふらつき、その場に真つ直ぐ立つことができない状態であつたことは否認し、その余の事実は認める。

同2(三)(3)の事実のうち、原告が歩行の際左右にゆれたことは否認し、その余の事実は認める。

5 同2(四)の事実は認める。

6 同2(五)の事実のうち、歩行能力、直立能力は、逮捕前の車外における見分に基づいた記載をしたとの点は否認し、その余の事実は認める。

鑑識カード作成にあたり、通例、歩行能力は、一線上を一〇ないし二〇メートル歩行させて、その状態を調査し、直立能力は、両かかとを一線上にそろえてつけさせて、その直立状態を観察して調査するとされている。ところが、金山巡査部長は、本件鑑識カード作成にあたり、右のような正規の判定方法を実施しなかつたし、これを省略する合理的理由もなかつた。実情は、原告は原告車からマイクロバスに向かう途中で手錠をかけられ、警察官に両側から腕をとられてマイクロバスに連行されたものであり、金山巡査部長らが原告を真つ直ぐ歩行させて歩行能力を判定することは不可能であつた。

右のとおり本件鑑識カード中の歩行能力、直立能力の記載は著しく恣意的であり信用性がない。したがつて、原告は、東京地方裁判所昭和五七年特(わ)第三九二八号、同第四二四一号道路交通法違反被告事件において、本件運転のうち酒酔い運転の訴因については、酒気帯び運転に該当するとの判決を受け、同判決は確定している。

第三証拠<省略>

理由

一 請求原因1(運転免許の取得)、2(本件免許の取消し等)の各事実及び抗弁1(本件各処分の根拠)のうち本件運転時に原告が酒酔いの状態であつたとの点を除くその余の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二 道交法一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項一号イ、同令別表第一、一、備考二1の酒酔い運転とは、酒に酔つた状態すなわち酒気を帯び、アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で車両等を運転することをいうところ抗弁2(四)(呼気検査)の事実は当事者間に争いがないから、少なくとも原告が道交法六五条一項、同法施行令別表第一、備考二6にいう酒気を帯びて本件運転をしたことは明らかである。しかし、呼気一リツトル中のアルコール濃度が〇・三五ミリグラムと検出された事実だけでは、未だ原告がアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態であつたと推断することはできないから、当時の原告の具体的な挙措、動作等の外部的徴表について次に検討する。

1 抗弁2(五)(鑑識カードの作成)の事実は、歩行能力及び直立能力が逮捕前の原告の挙措、動作の見分の結果を正しく記載したものであるか否かの点を除けば当事者間に争いがなく、右鑑識カードである成立に争いがない乙第三号証(原本の存在を含む。)によれば、見分状況欄の歩行能力の項は「おおむね一〇メートルを真直ぐに歩行させたところ、異常歩行(左右にゆれる)」と判定し、同欄の直立能力の項は「一〇秒間直立させたところ約三秒でふらつきはじめた。」と判定した旨の記載がある。

しかし、成立に争いがない甲第六号証及び証人橋本俔宏の証言によれば、右鑑識カード中の歩行能力及び直立能力の判定は、通常、同判定を実施する旨を被疑者に告知した上で、歩行能力であれば、一線上を所定の距離だけ歩行させ、直立能力であれば、両かかとをつけて所定の時間直立させ、それぞれの状態を見分し、その結果を記載するのが正規の方法であり、そのように係長などの上司から指導されてもいたが、乙第三号証の作成に当たつては、告知をも含めて右のような正規の判定方法を実施しないで、原告車から下車した原告に対して職務質問を行つた際の原告の直立状況及び原告車から呼気検査器具を備えたマイクロバスに至るまでの原告の歩行状況から判断した結果として、前記の記載をしたことが認められる。そうであれば、乙第三号証中の歩行能力及び直立能力に関する記載は、正規の判定方法によつた鑑識(実況見分)の結果としての証明力を持つものではないことになる。

2 いずれも成立に争いがない甲第四、第五号証、乙第一、第二号証、第四号証(上記各乙号証は、いずれも原本の存在を含む。)前掲甲第六号証、証人橋本俔宏の証言及び原告本人尋問の結果を総合すれば、マイクロバスで原告車を追尾してきた金山巡査部長らは、本件マンシヨン前路上にマイクロバスを停車させ、同マンシヨンの駐車場に止まつた原告車に近寄り、原告に対し、信号無視について職務質問を始めたところ、原告は、「信号どこにある。」等と言つて金山巡査部長の職務質問をはぐらかそうとする態度に出た。しかも原告は、顔が赤く、目は充血し、酒臭をただよわし、一見して飲酒していることが明らかであつたので、金山巡査部長は原告に対し飲酒の事実についても質問したところ、「飲んでいない。」と明白に虚偽の答弁をするので、強く咎めたが、なお白を切り、職務質問に素直に応じないどころか、むしろ反発する態度であつた。そこで金山巡査部長は、直ちに呼気検査を実施しようとして、原告に対し、マイクロバスに行くように促したが、その前後の原告の態度からみて逃亡の恐れもあると考え、マイクロバスへ到着するまでの間は、終始、金山巡査部長ほか一名の警察官が原告の左右両側に寄り添い、あるいは原告の腕をとつて、連行し、その約二メートル後方を橋本巡査部長が追従し、約一〇数メートル離れたところに駐車している前記マイクロバスに乗車させたことが認められる(以上の事実のうち、金山巡査部長が本件マンシヨン駐車場内の原告車に近寄り原告に対し職務質問したこと、その当時、原告に酒臭があり目が充血していたことは当事者間に争いがない。)。

証人橋本俔宏の証言中には、右認定のように原告の約二メートル後方をマイクロバスまで追従して行く間に、前記鑑識カードに記載するに足りる原告の歩行能力の判定ができたかのような部分があるが、原告の左右に逃走防止のために警察官が寄り添い、あるいは腕に手をかけるなどして連行している状態では、被検者の直線上の歩行能力を正確に観察することは期待し難く、しかも、原告の後方約二メートルの距離を追従しながらの観察では、その視座も的確な判定をなすには不十分であり、右の証言をもつて、前記鑑識カードの歩行能力の判定に匹敵する証明力があるものとはとうてい評価できない。

また、前掲甲第六号証中には、原告の横に付き添つていた金山巡査部長にも、原告の歩行能力の判定ができたかのような記載があるが、この部分の記載もたやすく採用できない。

直立能力についても、前掲甲第六号証及び証人橋本俔宏の証言中には、駐車した原告車の傍で、右認定のように原告に対して職務質問を実施した際、原告は地上に立つて二、三秒後に左右に身体が振れ、原告車のボンネツトに寄り掛り、職務質問中、原告は立つていられない状態であつたとの部分があるが、もし原告が普通の姿勢でも二、三秒間立つことができない程の酩酊状態にあつたならば、原告の逃亡の危険は小さく、逃亡防止のために原告の左右を固めて連行した事実と平仄が合わず、不自然である。当時、原告は立つていられない程の酩酊状態であつた旨の橋本の右証言部分はたやすく採用できず、甲第六号証及び右橋本の証言中、原告は二、三秒間で身体が左右に振れ始めたとの部分も、その判定の方法からみて、当時の原告の直立能力を判定する証拠としては極めて不十分であり、たやすく信用できない。

3 被告は、右職務質問の際、原告は訳のわからない応答をしていたと主張する(抗弁2(三)(2))が、右事実を認めるに足りる証拠はない。もつとも、原告が「俺は何もやつていないよ。」と応答したことは当事者間に争いがないが、同応答の意味は明白であり、前掲甲第六号証によれば、金山巡査部長も右の意味を的確に理解できていることが認められ、これをもつて訳のわからない応答ということはできない。

かえって、前掲甲第六号証、乙第三号証によれば、金山巡査部長の職務質問及び鑑識カード中の設問に対する原告の応答は、自己に対する被疑事実に関しては、これを否定したり、はぐらかすなどの積極的行為をし、それ以外の事実についての質問に対しては、正常に応答し(今日は何日ですかとの問いに対する答えも、発問の時刻を勘案すれば、異常ではない。)、「言語状況」には酒酔いを疑わしめるような異常はなかつたと認められる。

4 抗弁2(一)(原告の飲酒量)のうち、原告が昭和五七年一一月九日午後一〇時ころから一一時三〇分ころまでの間、友人らと一緒に綿糸町駅付近の飲み屋で飲酒したことは当事者間に争いがなく、原告は、当時胃腸が悪く飲酒を控えていたことは原告が明らかに争わないから自白したものとみなす。

いずれも成立に争いがない乙第五号証、第七ないし第九号証(上記乙号証はいずれも原本の存在を含む。)、前掲甲第四号証及び原告本人尋問の結果によれば、右飲酒は原告を加えた四名で、日本酒五本(約五合)、ビール一本、レモンハイ九杯であり、原告は右日本酒のうちの相当量を飲み、煮込みを食べ、散会したが、右飲み屋を出た後、酔いをさますため近くに駐車しておいた原告車の中で一時間ほど仮眠したこと及びその後、原告は、近くの寿司屋に立ち寄つて妻への土産として寿司折りを買い、帰宅すべく原告車に乗り本件運転に及んだことが認められる。乙第五号証、第九号証のうち右認定に反する部分はにわかに採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

前記2のとおり、職務質問を受けた当時、原告に酒臭があり、顔は赤く、目にも充血があつたのは事実であるが、右に認定した飲酒から本件運転に至るまでの時間的経過及び原告の行動をも合わせ考えれば、右のような身体的徴表及び右に認定した飲酒量(右認定以上に飲酒量を確定できるに足りる証拠はない。)をもつて、原告の本件運転が道交法にいう酒に酔つた状態でなされたと推断するには足りない。

5 被告は、本件運転時、原告車は猿江交差点及び大島交差点でそれぞれ信号を無視し、両交差点の間では蛇行して走行したと主張する(抗弁2(二)(1)、(2))ところ、各信号無視の事実は当事者間に争いがなく、大島交差点の手前で、程度は別として、原告車が蛇行したことも原告の自白するところである。

そして、前掲甲第四号証、乙第二号証、証人橋本俔宏の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、原告車を運転して猿江交差点にさしかかつた際、折から赤色の対面信号に従い同交差点手前に停車中の金山巡査部長らが乗車した警視庁のマイクロバスその他の車両の横を走り抜け、右折通行帯を反対車線側にややはみ出し、同交差点中央付近を右側にふくらんだ形で左折したことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

しかし、前掲甲第四、第五号証、乙第二号証、第六号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告車が猿江交差点を左折した際、助手席に置いていた土産用の寿司折りが座席から落ちたため、原告は車を運転しながらこれを拾おうとして、同交差点から大島交差点までの間において自車を自車線内(幅員約四・八メートル)で左右に蛇行させてしまつたこと及び、当時、原告車はほぼ制限速度で走行しており、大島交差点を右折した後は格別異常な運転もなかつたことが認められ、右認定を覆す証拠はない。

右認定事実を考慮に入れれば、原告車の前記認定の程度のふくらみ左折走行及びその後の蛇行も、必ずしも原告が酒に酔つた状態であつたことを推認させるには至らず、また、両交差点における信号無視も、それだけでは酒酔いの状態を推認させる性質の事実とは言えない。

三 以上の判断のとおり、本件運転直後の原告の歩行能力及び直立能力についての乙第三号証の記載は、鑑識のための通常の正規な判定方法を履践してなされたものではない。これに代る金山巡査部長及び橋本巡査部長の観察も、金山巡査部長から本件マンシヨン駐車場内において職務質問を受け、若干言葉のやりとりがあつた後、原告の左右に警察官が逃亡防止のため寄り添い、あるいは腕をとつてマイクロバスに至るまでの約一〇数メートルという不自然な歩行状況下での観察及び右職務質問のかたわらの極めて短時間の佇立の観察であり、これをもつて、当該警察官らが客観的かつ的確に原告の両能力を判定できたとみることはとうていできない。原告の当時の言語による応答、供述の状況、本件運転の態様(走行状況)、前夜の飲酒量、飲酒後の経過時間及び呼気検査の結果等これまでに認定した事実を総合しても、本件運転時、原告がアルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態にあつたとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、証拠上、原告の本件運転は酒気帯び運転にとどまるものであり、同違反事実に信号無視の違反事実を加えても道交法一〇三条二項二号、同法施行令三八条一項一号イ、同令別表第二の第四欄所定の点数には達しないから、本件運転免許取消処分は違法であり、取消しを免れない。

四 原告は、本件期間指定処分についても取消しを請求するが、同処分によつて原告が免許を受けることができない期間は同処分の日から一年を経過した時点で満了していることは明らかであり、同処分を取り消さなければ回復できない法的利益が現に原告に存在することを肯定させるような事実は認められない。

したがつて、右処分の取消しを求める原告の訴えは、訴えの利益を欠き不適法なものである。

五 よつて、原告の本訴請求のうち、運転免許取消処分の取消請求は理由があるからこれを認容することとし、運転免許を受けることができない期間を指定した処分の取消請求は訴えの利益がないから、その訴えを却下することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九二条但書(原告敗訴部分僅少)、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例